ブースポブログ

関西大学と関大前の情報紙「ブームスポーツ」のWEB版です。次号第12号は10月上旬に発行します!

2015年03月28日

2015年03月

応援団初の女性団長が関西大学職員に!

黒澤花衣さん1関西大学初の女性応援団長として活躍した黒澤花衣さん(くろさわ・かい=22)が、法学部を卒業。4月からは関大職員として、母校や現役生を”応援”する。【写真・卒業式で後輩に送られる黒澤花衣さん=2015年3月20日、撮影・金洋秀】

黒澤さんはバトン・チアリーダー部に所属していた2013年12月、同部とリーダー部、吹奏楽部を取りまとめる団長に就任。1922年(大正11)の創設以来、初の女性団長になった。テレビや新聞などでも大きく取り上げられたほか、昨年11月の明治神宮野球大会では、歴史ある神宮球場の応援台に立った。

応援団長になったことが、関大職員を志すきっかけとなった。応援するうち、関西大学に対する思いが、日に日に強くなっていった。「関大や関大生を、もっともっと広めたい。今以上に何百年も続く大学になるように支えていきたいし、魅力や伝統を伝えていきたい」と意気込んだ。

伝統を背負う重圧や、責務にさいなまれることもあったが、応援団の先輩や仲間に応援されてきた。「厳しい時も頑張れと言葉をかけてもらったので、一年やってこれた。いろんな方に出会って、人として成長させてもらった」と振り返る。昨年12月に引退。次はスーツ姿で、新たな応援舞台に立つ。

4年生最後の秋学期試験は、ひとつでも単位を落とすと留年が決定するスリリングなものだった。卒業式では、羽織袴姿がりりしかった黒澤さん。4月に入学する6800人の新関大生には「できないことはないと思う。やりたいことがあるなら、それをやり通してほしい」と言葉を送った。
黒澤花衣さん2

2015年03月26日

2015年03月

関西大学ヨット部の男子部員が水死 合宿中に

25日午後2時ごろ、兵庫県西宮市の西宮浜沖の南約3キロの海上で、全長約4メートルの2人乗りヨットが転覆し、海上保安庁の西宮海上保安署員などが2人を救助した。

ヨットに乗っていた関西大学経済学部2年でヨット部員の男子学生(20)が、同市内の病院への搬送後に死亡。同乗していた関大一高ヨット部の男子生徒(16)は無事だった。

関西大学ヨット部は、きょうから3日間の予定で、関大一高のヨット部と合同合宿を行っていた。男子学生らが乗っていたヨットは、風にあおられて転覆。男子学生は救命胴衣をつけていたが、ヨットのマストと腰を結ぶロープが両足にからまり、溺れたとみられる。

同署は関係者などから話を聴くなどして、詳しい事故の原因を調べている。合宿は中止される。

2015年03月25日

2015年03月

織田信成さん 関大大学院修了 会見一問一答

織田信成さん会見織田信成さん(28)が23日、関西大学大学院文学研究科を修了。2005年の文学部入学以来、10年間の関大生生活に別れを告げた。千里山キャンパスで行われた学位記授与式では亡き恩師・青山隆文学部教授を思い出し、号泣する場面もあった。プロフィギュアスケーターやキャスターとしても活躍する織田さんは「コーチという形で関西大学に貢献できるように」と、アイススケート部コーチ就任を目指す。ブームスポーツでは、織田信成さんの会見での一問一答を掲載する。【写真・関西大学大学院の学位授与式に出席した織田信成さん=3月23日、関西大学千里山キャンパス】
【関連記事】織田信成さん会見1「修了できてうれしい」-2015年3月25日

織田信成さん会見1「修了できてうれしい」

織田信成さん修了式−大学院を修了しての気持ちは
「支えてくれた人に感謝したい。無事に修了できてうれしい。関西大学にはリンクを造っていただいたし、多大なるサポートをしてくれた。感謝しても感謝しきれない。関大生としてオリンピックにいけたし、アイススケート部で友人にも恵まれた。職員の方も本当によくしてくれた。そういったところの環境は、すごく思い出にもなりましたし、これからもお世話になっていくと思うので、大切にしていきたい」【写真・学位記を手渡される織田信成さん】

−きょうはご家族も来ている
「僕が寝坊してギリギリになりました(笑)妻も修了できてよかったねと言ってくれた。この一年、修士論文を提出するのにほんろうされていた。夜中までかかったが、妻がコーヒーとか入れてくれたりして、本当に陰でたくさんサポートしてくれていたので…感謝しています」

−修士論文のテーマは?
「フィギュアスケートにおける精神的強靭さを育成するための教育的観点におけるコーチングです。何人かのトップのコーチ、スケーターの方にインタビューをしました。こういう機会がないと、トップのコーチとかはインタビューはおろか、書き起こすという作業はしないので…」

−どういった内容ですか
「精神的強さ…僕は強いといえる方ではなかったので、反面教師としてコーチとして生かしていきたいです。僕は練習でよくできて、試合で失敗するタイプ。なぜ五輪まで行けたのかよくわかっていないので。自分がなれるなら、他の子でもなれる。どういうコーチングをしたら夢を叶えてあげれるのか。本当に修士論文というのは、今後自分がコーチとして勉強していく上で、参考になる、いい一年だったと思います」
【関連記事】【織田信成さん会見2】「負けないようにしたい」-2015年3月25日

織田信成さん会見2「負けないようにしたい」

織田信成さん修了式3−大学の思い出は
「英語の勉強が大変だったのと、アイススケート部の友人に恵まれたことです。英文学専修だったので、主に英語の勉強をしていて、僕自身も海外で実際に英語を勉強していて役に立つこともありましたし、それはそれで勉強になりました。院になってからはスポーツの研究…主にフィギュアスケートなんですけど、精神的な面とかをサポートしていきたいと思っていたのでスポーツ心理の勉強もしていました」

−高橋大輔さんは中途退学という道を選んだが
「彼が考え抜いての決断なので、僕がとやかくいうことはない。彼を尊敬する気持ちは変わらない。負けないようにしたいし、一緒に人として成長できればと思う」

−きょうの学位授与式は
「卒業式は一度経験している。卒業式は東日本大震災の年で、感極まって…というのはなかった。院は晴れやかな笑顔で終わりたい」【写真・学位記を手に笑顔を見せていた織田信成さんだったが…】

−10年前の入学式は金髪でした
「そうなんですよ(笑)そう思ってきょうは髪を黒くしてきた。入学した時は若気の至りじゃないですけどはっちゃけていたので。卒業するときは成長した、という形で」

−成長したというところは
「少し落ち着きが出てきました。10年って本当に本当に長い年。関西大学にお世話になって本当に感謝の気持ちは絶えないんですけど、自分自身入学した時ははっちゃけていたいう感じなので、今は長い年月を越えて落ち着きを取り戻した、という感じです」
【関連記事】【織田信成さん会見3】「コーチという形で関大に」-2015年3月25日

織田信成さん会見3「コーチという形で関大に」

織田信成さん号泣−入学時は英語の先生を目指していました
「最初はその気持ちで英文学に進んだんですが、ゼミの先生から爐まえは絶対無理やから瓩噺世錣譴謄侫ギュアのコーチを目指すようになりました」

−なぜ無理だったんですか
「ダメというわけではなくて、フィギュアがあるのになぜおまえはそんなところを目指すんやって感じで先生にご指導していただいたので。そうですね……(涙があふれ、言葉に詰まる)その時そう言ってくださった先生が数年前に亡くなられたので…。僕自身フィギュアのコーチとして頑張れと先生に言っていただいたので、頑張れるよう努力していきたいと思います」

−いろんな人に支えてもらった
「本当に家族もですけど、温かい言葉をかけてくれた先生にも支えていただいて、きょうという日を迎えられたことを誇りに思っています」

−社会人としての抱負を
「学生を終えて社会人になるので、家族も養えて、支えていけるように社会人として頑張りたいと思う。やはりフィギュアのコーチになることが夢なので、夢に向かって少しずつ勉強していけたら。関西大学を代表する佐藤信夫コーチのような厳しく温かい素晴らしいコーチになりたい。選手としては伊藤みどり選手、浅田真央選手を尊敬しているので、山田満知子コーチのようなユニークなコーチにもなりたい」

−コーチとして教え子がメダルを獲ってほしい?
「もちろん五輪で金メダルを獲ってくれたら嬉しいけど、フィギュアスケートの楽しさを伝えられたらいい。最後やめる時に楽しかった、と言えるようになってくれれば」

−キャスターやタレントとしての活動は
「今はいろんな活動をさせていただいて、今しかできないこともあるので、それを精一杯、今を生きるということ。でも長く続くとは限らないし、この先何があるかわからない。やはりフィギュアスケートという自分が大好きな分野を大切にしたい。最終的にはコーチという形で、関西大学に貢献できるように、精進していければ」【写真・会見途中に号泣した織田信成さん】

2015年03月23日

2015年03月

織田信成さん大号泣 関西大学大学院を修了

織田信成さん大号泣織田信成さん(27)が23日、関西大学大学院を修了。2005年4月の関西大学文学部入学以来、10年間の関大生生活に別れを告げた。千里山キャンパスで行われた大学院の学位授与式では大号泣。「素晴らしいコーチになって、関西大学に貢献できるようになりたい」と、文学部時代の亡き恩師に誓った。

涙もろいところは、卒業できなかった。「大学院は晴れやかな笑顔で終わりたい」と話していた織田さんだったが、大学時代の思い出を聞かれると言葉が詰まり、みるみるうちに涙があふれた。まぶたの奥に浮かんだのは、文学部のゼミを受け持っていた青山隆文学部教授だった。

2012年9月、65歳で逝去した青山教授は生前、英語教師を夢見ていた織田さんに「おまえに英語の先生は無理だ」と話したという。「先生は爛侫ギュアスケートというものがあるのに、なぜそんなところを目指すんだ、フィギュアスケートのコーチになれ。頑張れ、頑張れ瓩辰董その先生も数年前に亡くなられて…」と目を真っ赤にした。

修士論文のテーマは「フィギュアスケートにおける精神的強靱さを育成するための教育的観点におけるコーチング」。国内のフィギュア選手やコーチにインタビューを重ね、スポーツ心理学について1年以上かかって書き上げた。「先生にも家族にも、温かい言葉をかけてもらい、支えていただいた。この日を迎えられたことを誇りに思う。少しずつ勉強しながら、コーチという夢に向かってきたい」と、亡き恩師との約束を果たす。

タレントやキャスターとしても多忙な日々を迎えるが、軸足はフィギュアスケートに置く。「タレント活動は長く続くとは限らないし、フィギュアで地に足を着けたい。学生生活を終えて、家族をきちんと養っていけるような社会人として頑張る」。10年間の関大生生活は、織田さんをオトナにさせた。【写真上・大学院の学位授与式で大号泣した織田信成さん 写真下・「大学院の最後は笑顔で」と話していたが…=3月23日・関西大学千里山キャンパス】
織田信成さん修了式3

2015年03月22日

2015年03月

関大総合情報学部長が急逝 卒業式送辞途中に…

face関西大学総合情報学部長の上島紳一(うえしま・しんいち)教授が21日午前0時6分、急性硬膜下血腫のため吹田市内の病院で亡くなったことが22日までに分かった。59歳だった。

上島教授は20日午後3時すぎ、総合情報学部の卒業式が行われていた関西大学千里山キャンパス内で倒れ、吹田市内の病院に救急搬送された。関西大学広報課への取材によると、午後2時から同キャンパスの中央体育館で行われた卒業式に出席後、教室で総合情報学部の学生を前に送辞を読んでいる最中に倒れたという。

94年4月、総合情報学部開学とともに教授に就任。昨年10月からは同学部長と大学院総合情報研究科長を務めていた。告別式は23日正午から、西宮市のカトリック夙川教会で行われる。【写真・21日に急逝した総合情報学部の上島紳一教授=同研究室のホームページより】

2015年03月20日

2015年03月

関大ITセンター侵入 全学連副委員長に有罪判決

ITセンター関西大学千里山キャンパスのITセンターに無断で侵入したとして、建造物侵入などの罪に問われた京都大工学部5年生で中核派全学連副委員長の作部羊平被告(23)の判決公判が20日、大阪地裁で行われた。矢野直邦裁判官は「重要情報が入る建物に侵入したという事実を軽く見ることはできないが、端末などに触れた形跡はない」などとして、罰金10万円の有罪判決(求刑懲役3カ月)を言い渡した。

起訴状によると、作部被告は昨年12月30日午前4時すぎ、同センターの外付け階段をつたって無施錠だった2階のドアから侵入。建物内の事務室に入るなどした。警報装置の作動で駆けつけた警備員に退去を命じられ、一度はキャンパス内に出たが、同日午前6時30分ごろ第2学舎1号館に入ろうとしているところを警備員に見つかり、8号門から逃走。大学から通報を受けた吹田署員に緊急逮捕されたとされる。被告は関大生の友人宅で酒を飲んだ後だった。

弁護側は「被告人を犯人とする立証はなく、学生運動を行う学生に対する偏見に満ちた逮捕、起訴である」などとして、公訴棄却(起訴自体を違法とするもの)を求めていた。

判決理由で矢野裁判官は、作部被告が警備員から事情を聞かれた際、顔写真入りの学生証を見せていることや、ITセンターの中に外付け階段をつたって2階のドアから侵入した点などを挙げ「警備員の証言は信用でき、逮捕になんら不審な点はない。学生運動弾圧のための起訴とは言えない」と述べた。その一方で「軽微な罪であり、被告に反省の態度が明らかではないが、罰金刑が相当である」とした。

作部被告は、最後までITセンターに侵入した動機を語らず、政権批判や集団的自衛権などについて自らの政治的主張を述べるだけだった。同裁判官は「(作部被告は)相当な酒気を帯びており、どんな建物かと好奇心で入った。警備員の事情聴取にも応じ、申し訳なかったなどと謝罪している。計画性は認められない」とした。

3回の公判では、作部被告の支援者が傍聴席の大半を占めた。この日も「ナンセンスな判決だ」「革命的処刑を行うぞ〜」などのヤジが飛び、裁判官に退廷を命じられる場面もあった。おバカな京大生が起こした、革命的にしょうもなさすぎる侵入事件。巻き込まれた関大こそ、本当にいい迷惑だった。【写真・京大生による侵入事件があった直後の関西大学ITセンター=2014年12月31日】

高橋大輔さんが関西大学大学院を中退へ

3ショット高橋大輔さん(29)が、在籍していた関西大学大学院を中退することが20日、大学関係者への取材で分かった。高橋さんは2008年に文学部を卒業後、同年4月に大学院文学研究科に入学。今年3月に同大学院の学則で定められている大学院在籍期間の上限を迎えるが、高橋さんは修士論文を提出せず、約12年間の関大生生活に終止符を打つことになった。

20日に関西大学千里山キャンパスで行われた関西大学の卒業式で、楠見晴重学長(61)は「日本のフィギュアスケート界を牽引し、日本中に多くの勇気を伝えてくれた3人が、関西大学を巣立ち新たな道に歩むことになりました。彼らへ心からの感謝を伝えたい」と話し、高橋さんや大学院を修了する織田信成さん(27)、文学部を卒業する町田樹さん(25)の門出にエールを送った。

関西大学大学院の修了について、高橋さんはブームスポーツの取材に「いろいろ考えています」と話していたが、4月からの米国留学の道を選んだ。一時代を築いた関大のフィギュア勢が、図らずも3人そろってキャンパスに別れを告げることになった。【写真・3人そろって関西大学から巣立つことになった高橋大輔さん、織田信成さん、町田樹さん】

2015年03月19日

2015年03月

卒業式も…町田樹さん「いち学生に戻ったので」

町田さん卒業式関西大学の平成26年度卒業式があす20日、千里山キャンパス中央体育館で行われる。13学部の卒業生6192人が、午前と午後の部2回に分かれ出席予定。新たな門出を迎える。

昨年12月28日のフィギュア全日本選手権で、現役引退を表明した町田樹さん(25=文4)も卒業。町田さんは1月15日、大阪府高石市で行われた講演会に登壇。同月19日に関西大学博物館を訪れて以来、ほとんど公の場に姿を見せていない。

卒業式に注目が集まったが、町田さんから関西大学の関係者に、卒業式欠席の連絡があった。大学院を修了する織田信成さん(27=文院2)とともに会見を開くプランもあったが、大学関係者は「いち学生に戻ったので、そっとしておいてください、とのことなので…」と話す。

全日本選手権終了後「皆さまには今後とも静かに見守ってくださいますなら幸いです」などと書かれたあいさつ文を読み上げた町田さん。氷上の哲学者は、ブレていなかった。

織田信成さんは、23日に行われる大学院の学位授与式に出席予定。約10年間の関大生生活に別れを告げる。高橋大輔さん(29=文院2)は、4月から米国に留学する予定だ。【写真・関西大学卒業式を欠席する町田樹さん】

2015年03月14日

2015年03月

関大施設侵入の京大生 酔って好奇心で侵入?

実況見分関西大学千里山キャンパスのITセンターに無断で立ち入ったとして、建造物侵入などの罪に問われた中核派全学連副委員長で京都大工学部5年の作部羊平被告(23)の初公判が13日、大阪地裁(矢野直邦裁判官)であった。作部被告は「裁判長に公訴棄却を求める。全学連を狙い撃ちにするもので、学生運動をつぶすためのもの」などと自身の主張を書いた紙を読み上げ、起訴内容を否認した。

起訴状などによると、作部被告は昨年12月30日午前4時ごろ、ITセンターの外付け階段をつたって無施錠だった2階のドアから侵入。同センターの1階にいるところを、警報装置の作動で駆けつけた警備員に発見された。退去を命じられ一度は千里山キャンパスから出たが、同日午前6時30分ごろ、第2学舎1号館に入ろうとしているところを警備員に見つかり、同キャンパスの8号門から逃走。大学から通報を受けた吹田署員に逮捕されたとされる。

なぜ年末の真夜中に、全学連副委員長の京大生が関大のITセンターに侵入したのか?謎だった動機が明らかになった。この日の公判では、千里山キャンパスの警備員が検察側の証人として出廷。作部被告が警備員に「関大生の家で飲んでいて、酔っぱらって好奇心で(ITセンターに)入った」と説明したことを証言した。

また、警備員が「京大生か?ボロい寮(熊野寮)はあるのか?」などと聞くと、作部被告は「ずっとそういうこと(学生運動)をやっている。テレビにも出たことがある」と話したという。キャンパス外への退去を命じた後、ネットで名前を検索し、全学連副委員長であることが分かった。

弁護側は「証拠不十分で、侵入する合理的な目的がない。そもそも(侵入したのは)作部君であるかどうか疑わしい。つくられた事件とするのが自然」などと、起訴内容について争う姿勢を見せた。法廷では作部被告の支援者が多数傍聴。声援やシュプレヒコールが飛び交い、裁判官が注意する場面もあった。【写真・千里山キャンパスで実況見分を行う大阪府警の捜査官=昨年12月31日】

2015年03月13日

2015年03月

【速報】関大IT侵入 被告が起訴事実を否認

昨年12月30日未明、関西大学千里山キャンパスのITセンターに無断で侵入したとして、建造物侵入などの罪に問われた中核派全学連副委員長で京都大学5年の作部羊平被告(23)の初公判が13日、大阪地裁(矢野直邦裁判長)で開かれている。

作部被告は罪状認否で「裁判長に公訴棄却を求める。学生運動をつぶすためのものだ」などと自身の主張を書いた紙を読み上げ、起訴事実を否認した。

2015年03月08日

2015年03月

関大前のラーメン店14店に 史上最多また更新

かじけん関大前14軒目のラーメン店「油そば専門店 歌志軒(かじけん)」が、4月下旬にもオープンすることが分かった。名古屋市に本店がある歌志軒は、東海3県を中心に日本全国で32店を展開するチェーン店。大阪では西中島南方に次いで2店目になる。関大前ではフタバボウル前のビル1階(THプラザビルの横)に出店する予定で、すでに工事も始まっている。

昨年だけで匠一番らーめん、蝉、つけ麺マン、つけ麺雀の4店が開店。史上最多となった関大前のラーメン店出店ラッシュが止まらない。阪急関大前駅から、関西大学千里山キャンパス正門までの約600メートルには現在、麦笑・武双家・匠一番・今を粋ろ・つけ麺雀・つけ麺マン・亀王・蝉・王将・きりん寺・諭吉・天下一品の12店がひしめき合う。【写真上・関大前に進出する油そば専門店歌志軒(写真は西中島南方店) 写真下・同店の油そば無双】

円山町にある来来亭と、4月にオープンする歌志軒を合わせて14軒に到達した。どう見てもラーメン屋多すぎ…と思いきや、関大前の飲食店店長は「関大前に出店を考えている業者は、これだけラーメン店があってもやっていけてる、と思うはず。まだまだラーメン店は増えると思います」と予測した。
油そば

2015年03月05日

2015年03月

男性重体にさせた関大生「酔って覚えていない」

大阪地裁堺市内の雑居ビルで会社員男性(35)を2階階段踊り場から投げ落とした上、頭を蹴るなどしたとして、傷害罪に問われた関西大学文学部3年で体育会空手道部元部員の前座領浩介被告(まえざりょう・こうすけ=21)の初公判が5日、大阪地裁堺支部(畑山靖裁判官)であった。

前座領被告は黒のスーツ姿で出廷。罪状認否で「当日はお酒に酔ってどのような行為をしたのか覚えていないが、けがをさせた事実には間違いありません」と弁護側が用意した文書を読み上げ、起訴事実を大筋で認めたが、一部を留保した。

起訴状などによると、前座領被告は昨年12月23日午前2時46分ごろ、ガールズバーや風俗店が入ったビルの階段踊り場で、会社員男性の右肩を背後からつかんで引き倒し、階段から落下させた。その後も頭や顔を蹴り、その場から立ち去ったとされる。

会社員男性は堺市内の病院に搬送されたが、脳挫傷や急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折などで意識が戻らず、重篤な状態が続いている。被害者の父親は「医師から、日常の生活に戻ることはできないと宣告された。息子は殺されたと思っている。厳しい処置を望みます」などと話している。

事件発生当時、前座領被告は酒に酔っており、一緒にいた友人から犯行を知らされたという。昨年12月28日、大阪府警堺署に出頭。取り調べなどに「記憶がない。右足で蹴ったことは覚えている」と供述している。同署は殺人未遂容疑で逮捕・送検したが、大阪地検堺支部は1月、殺意は認められなかったとして傷害罪で起訴した。【写真上・公判が開かれた大阪地裁堺支部 写真下・犯行現場となった雑居ビルの踊り場】

【おことわり】ブームスポーツ編集局ではこれまで男子学生の名前を掲載しませんでしたが、公判で起訴事実を大筋で認めたため実名を掲載します
階段踊り場

2015年03月03日

2015年03月

「関大、ちらり。」ジュンク堂書店でフェア開催

出版部フェア1関西大学出版部が、梅田にある大型書店・MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店とのコラボ企画「関西大学出版部フェア」を、30日(月)まで開催している。同店5階のレジ横に特設展示コーナーを設置。関大での研究をまとめた学術図書60タイトルを販売中だ。【写真上・出版部フェアのポップを制作した社会学部の吉田真世さん(左)と堀古芙美さん 写真下・関西大学出版部の書籍60点が展示・販売されている=MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店】

氷上の哲学者・町田樹さんが「一日こもる場所」として挙げたこともある梅田の大書店。しかも人文・芸術書が並ぶ5階フロア。「財産的刑事制裁の研究」「住まいと集落が語る風土」「英語語法学をめざして」…普段なら絶対スルーするであろう本が並ぶ一角に「関大、ちらり。ー新たな学びがここにあるー」のキャッチコピーと、色とりどりの展示ポップが躍っていた。

関大の学問をちらりと見るようなキャッチコピーと、ヴィレッジヴァンガードにも負けないポップは、社会学部で消費者心理を学ぶ池内裕美ゼミの学生10人が制作した。学術図書のお堅いイメージを崩すことに苦心した堀古芙美さん(21=社3)は「同世代の人にもフェアに来て欲しい。手にとって身近に感じてもらえるように、どうしたら目をひくのか考えました」と振り返る。

60タイトルそれぞれを紹介するポップは、本の狙いやターゲットを約20文字で表している力作ぞろい。台紙は図書の分類ごとに定められている色に合わすなど、小技も効いている。吉田真世さん(21=社3)は「売場を見たときに、こんなすごいことになっているとビックリした。同じ関大生に、コーナーを見るだけでもいいので、寄ってもらいたい」と来場を呼びかけた。

60年近い歴史を誇る出版部史上初となる大型書店、そして学生とのコラボ。同部の津毛志奈子さんは「先生だけでなく、学生の協力がなければできなかった。全体で盛り上げていっている関大を垣間見てもらえたらとてもうれしい」と話す。連日午前10時〜午後10時まで。本購入の方にもれなく出版部オリジナルバッグがもらえる。
出版部フェア2

天気

Archives
最新号

お問合せ/購読
チェッカーズに登録
ブログリーダーに登録
livedoor Blog(ブログ)
livedoor (ライブドア)
Syndicate this site