2009年04月07日
関大生でもアナウンサーになりたい!男子編1
アナ志望関大生の疑問に、関大出身の現役アナが答えます。ブームスポーツでは07年12月に発行した第9号、09年6月発行予定第10号の2回に渡り「関大生でもアナウンサーになりたい!」と題し、最難関の就職活動・アナウンサー試験に挑む関大生のための特集を掲載します。
今回は男子編。ラジオたんぱ(現ラジオ日経)の元アナウンサーで、現在はフリーとして活躍する山本直也さん(45=88年文学部卒)が、アナ志望の関大生に疑問に答えた第9号のインタビュー記事を再録します。
まずは山本アナウンサーの紹介から。
【山本アナヒストリー】
04年12月26日、中央競馬最大のレース・有馬記念を控えた中山競馬場のラジオたんぱ放送席で“異変”が起きた。有馬記念の実況を担当するはずだったアナウンサーがレース直前、急病になってしまったのだ。急きょ、代役を務めたのが山本さん。「ダービーと有馬記念を実況するのは局のエースなんです。かなり緊張しました。有馬記念を実況するのは初めてだったんですよ」
関大生時代、海賊放送研究会(のちのFMヤマテ)というミニFM局を運営するサークルに入っていた。先輩が次々とアナウンサーになるのを見て「オレにもできるんじゃないか」と思い、アナウンサーを志した。ちなみに、先輩とは鳥居睦子さん(47=84年社会学部卒、静岡放送→フリー)、中井雅之さん(51=83年社会学部卒、ラジオ大阪→フリー)達である。
4回生の時は、アナウンサー試験に全部落ちた。就職留年して臨んだ5回生の秋、ラジオたんぱのアナウンサー試験に受かる。足かけ2年、約20社落ちた末での合格通知だった。
ラジオたんぱの競馬中継は、JRAの場内やウインズ、グリーンチャンネルで流されるオフィシャル実況としても使用される。「競馬というのはお金がかかったスポーツで、間違った実況をすると場内騒然となるぞ、と最初に叩き込まれましたね」。
競馬の知識が全くないまま、競馬中継を担当することになった。「最初は競馬場に行くのが嫌で嫌でしょうがなかった。先輩からボロクソに怒られるし」と苦笑する。なんと、初レース実況まで3年かかったという。
アナ生活16年目で迎えた大舞台。「ゼンノロブロイ、ゴールイン!秋のG1、3連覇!見事にやってのけました!」600億円が舞った2分30秒のドラマを、迫力の実況で演出した。
■山本直也(やまもと・なおや)1963年兵庫県加古川市出身の45歳。文学部卒業後の88年、東京のラジオ局・ラジオたんぱ(現ラジオNIKKEI)にアナウンサーとして入社。同局の「中央競馬実況中継」http://blog.radionikkei.jp/keibablog/を現在も担当する。セガの「ダビつく」「ダービーオーナーズクラブ」、ナムコの「ファイナルハロン」など、ゲームの実況音声も数多く務めている。
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この記事へのコメント
1. Posted by ラジオたんぱ受けに行く新幹線代が・・・ 2015年05月11日 10:54
83年入学だと、すでにFMヤマテって言ってたんじゃないかなと。違ったっけ?