2009年06月02日
織田さん本能寺で「信長の声が聴こえた」
やはり緊張していた。4月に行われた世界国別対抗戦後、本能寺の場所を知らなかったことがバレ、「調べて行ってみます!」と陽気に宣言した織田さん。米国合宿から5月30日に帰国後、すぐに“一族因縁の地”を訪れた。人なつっこい顔が心なしか、固くなっていたように見えた。
信長の供養塔の前で、目を閉じ手を合わせる。「一度も来たことがなかったので、自己紹介と誓いをしました」と、神妙な面持ちで話した。2日は1582年(天正10)、信長が明智光秀の謀反に遭い、最後を遂げた日とされる。ご先祖の夢が破れた場所にあえて足を踏み入れ「気持ちを継いで、もっともっと頑張りたい。(信長にも)約束できます」と、自らを奮い立たせた。
17代目の末裔(えい)が誓った“信成の野望”。着々と準備は進んでいる。エキシビションのプログラムは完成。5月上旬から2週間の米国合宿で、五輪本番用のプログラム作成に励んだ。「すべてモロゾフ先生の振りつけです。曲はまだだけど、楽しいプログラムにしたい。コミカルが似合うと言われているので…」と目を大きく見開いた。
フィギュアのグランプリ・シリーズは、開幕戦のフランス杯(10月15日開幕・パリ)と中国杯(同月29日開幕・北京)にエントリーされた。「希望していたので嬉しい。今まで前半より後半が多かったので、いい経験と思う。どの選手も強いので、誰がライバルというのではなく、自分がどう演じるかだから」と、“アウェー”の中での精神力強化を課題に挙げる。
この日はNHKテレビの番組収録も含め、20社50人の取材陣が殺到。五輪イヤーを前に、注目は増すばかりだが「泣かぬなら……メディアが多いなホトトギス」と、お決まりの一句。精神的プレッシャーを楽しみ、パワーに変えているようだった。
