2014年01月19日
町田さん壮行会1「勇気づけられている」
壮行会でのあいさつ「このリンクは数え切れないたくさんの方々の温かい思いやご支援で成り立っているリンクです。本当にささいなことかもしれませんが、僕が五輪に行くことで恩返しができたらいいなと思っている。感謝の気持ちとか恩返しをするためにはソチの舞台で最高の演技をすることが必要なので、がんばっています。自分を制する者はより強いとおっしゃっていましたが、僕もまだまだ自分をコントロールしきれていない未熟者。毎日自分に負けちゃいそうな時もあるが、朝6時からみなさんと練習させてもらって、みなさんの頑張りとかを見て、僕も頑張らなきゃな、と勇気づけられています」
「僕は決して小さなころから生まれ持った才能を持っているわけではなく、たくさん挫折してきた。今までたくさんの試合で滑ってきましたけど、8割くらい失敗の数々だった。でも、本当に多くの方々に支えられて20年間スケートをやってきたんですけど、その20年の努力が実り幸せです。僕にできたんだから皆さんにもできると思う。ここ臨海スポーツセンターとがんばっていきたいと思う。ソチの生中継は深夜なので、鍋をやると聞きましたが、大西先生といいお肉を差し入れられるよう頑張ります」
ー五輪を初めて意識したのは
「4年前のバンクーバーの時に最終選考の全日本で、僕は第1補欠となったんです。4位で。その時にもうひとつ繰り上がれば代表選手になれる、ということで自分ももしかしたら、と思った。そこからですね。それまでは意識しませんでしたし、考えたこともなかった。そこからの4年間もずっと平坦ではなく、このままじゃダメだという日が続きましたね」
ーきょうの壮行会は
「本当にうれしかった。最近練習もうまくいかなかったし、順調にいかなかった。調子も上がってこず、失敗ばかりして落ち込んで、自分に負けちゃう日々が続いた。自己嫌悪の、反省ばっかりする日々が続いたんですけど、こういう温かい会を開いてくれて、本当に応援してくれているんだなというのが心から伝わりうれしかった。あと出発まで2週間しかないですけど、一日一日自分に負けそうな時はきょうのみんなの笑顔だったり応援してくれている姿を思い出して自分に負けないようにしなきゃな、と改めて決意しました。つらい中やってきて自分に負けそうで“きょうは練習したくない”という日もあるけど、あんな小さな子達が朝早くから来て、頑張っているから自分も負けられないという気になれる。きょうも応援してもらったけど僕がみんなに何かをしているわけではなく、みんなが僕を応援し、支えてくれている。今後、みんなのためにできること、貢献できることを模索しながら、恩返しをしていこうという思いが強い」
ー子ども達から話しかけられることは
「ルックスがガキなのでよく話かけられますよ。話が合います。みんな素敵なコーチがいるので、技術指導はしません。“まちだくん”と呼ばれています」【写真・臨海スポーツセンターの練習生や関係者からの激励を受け、親指を立てる町田樹さん】
ー臨海で一番心に残っていることは
「きょうのあの瞬間が、会のことが心に残りました。このリンクほど多くの方の支援で成り立っているリンクは、日本中どこにもない。僕が五輪に出ることはささいなことかもしれないが、恩返しになる。五輪や世界選手権の舞台で、いい演技をしていい成績を残すことで、感謝の気持ちが伝わると思う。そういう方々の思いがなければ、今の僕はありえない。感謝の気持ちで立ちたいと思う」
ー自分を奮い立たせるためにしていることは
「ソチを念頭に置いた場合、ライバル同士のやるかやられるかの真剣勝負だと思っている。僕はやられるのか、やられたいのかと思って、いや、ぼくはやる方に回りたい。そういう思いだけです」
ー一番心が折れそうになった時は?
「やっぱり全日本の時です。体が動ける状態ではなかったし、靴も右だけダメな状態だったので。正直あきらめかけていた。全日本まで20年間つらかったけど、2013年1年は全日本まで本当に過酷だった。耐えてきたのは全日本で勝って出場権を得るため。せっかくここまで過酷なことに耐えてきたのに今ここで、もう少しのところであきらめるのか?絶対にだめだと自分にいい聞かせて最後までやってやる、とう気持ちでやってきた。無我夢中の状態だった。本当に体が動ける状態じゃなかった。命がけだった」
【2に続きます】
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